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いわゆる「音楽」ではなく (Archive)

by 畑中正人

どう考えてもこれは「縁」とか「 運命」とか思わざるを得ない。そういったことに出会うのは人生の中でもそう滅多にあるわけではない。でも幸運なことに東京在住時代はそんな瞬間にずいぶんと遭遇出来ました。元々私は舞台音楽でキャリアを札幌でスタートさせ、 ドイツ在住時代を経て2004年以降の東京では主に広告音楽の世界でひっそりと活動をしていたのですが、 ヤマハ(株)のサウンドエンジニアの秦雅人さんとの出会いは大きな転機のひとつとなる出会いでした。秦さんは長年ホールや劇場の音響設計を手がけられていて、二人が出会ったのはちょうどヤマハさんがその商機の対象をホール・劇場から商空間へと拡げようとしていた時期でした。ちょうど私もその頃は「これからは場所の時代になるだろう」と公言して歩いていましたから、お互いに意気投合しそこからいくつかの展示やイベントを通してトライアルを重ね、音楽と音響それぞれのノウハウを蓄積していきました。その成果の代表のひとつとなったのが2008年秋にオープンした「 レクサスインターナショナルギャラリー青山」です。当時このプロジェクトではアレイスピーカーを使用した「間接音響技術」と「音ビーム化技術」という二つの音響技術を柱に置き、最終目標を「最適な音響演出」と「快適な会話が出来る音響空間」を両立させること、と定めました。

ヤマハによる「間接音響技術」と「音ビーム化技術」まず音源を出力するアレイスピーカーはヤマハが独自に開発したものでこの案件に使用した機器の基礎技術は同社の YSP1100と YSP3000に準じたものです。長さ約1mのボディに40mmの小型スピーカーが40個並んでいます。間接音響技術とはアレイスピーカーを壁に向けてセットし、あたかも壁の向こう側に仮想的な音源があるような状態をつくり出すというもので、音を再生しない状態よりも実際よりも広い空間に感じられます(個人差があります)。「音 ビーム化技術」も当時ヤマハ独自のもので、複数の小型スピーカーを電気的に制御して音の出力する「方向」をコントロールする技術です。つまりはまるで扇風機の風のように音があちこちに動いていくのです。
 
単純だけど重要なこと
過去の様々なトライアルで見つけたことはいくつもありますが、こうした商空間の音演出では単純ですが重要なことが二つあります。それは「スピーカーの存在を隠すこと」そして「スイートスポットという考え方をやめること」です。スピーカーは展示のコンセプトによっては見せても勿論問題ないですが、私は施工の都合で不可能な場合や特段スピーカーを見せる必要がない限り徹底して隠します。何故なら人間は音源の位置が一度分かってしまうと、音源の位置を固定して認識してしまい間接音響の効果が薄くなってしまうからです。そして後者の「スイートスポット」ですがつまりは音を聞くための「中心点」です。よくサラウンドなどで耳にする言葉ですが、音を聞くための最適な位置を限定することは商用空間ではほとんど意味を成しません。何故ならば従業員も来場者も常に動いているからです。ですからむしろどこに居てもそこがスイートスポットとなるようにすべきなのです。

背景には「水音」を。ピアノには「無限旋律」というコンセプトを。

レクサスインターナショナルギャラリー青山は大きくショールームと商談スペースという二つの空間に分かれています。様々な検証作業を経て主な背景音に選んだのは新潟で録音した自然音から抽出した水の音です。こちらはアレイスピーカーの特性に合わせ特に高周波を耳障りにならない範囲で強調し、ビーム制御による音の動きに最もフィットするよう仕上げました。そしてその上に乗せるもう一つの音素材は「ピアノ」でした。こちらは設置された合計6台のスピーカーからそれぞれ音の強弱やタイミングの異なる穏やかなピアノの「単音」を再生することとしました。狙いとしてはピアノの単音がメロディーや和声として認識されないこと。また音楽としての「切れ目」も認識されないこと。所謂ヒーリングやアンビエントや何かしらのBGMでもなく、かといって効果音でもない。仮にそこで鳴るのがたった1音であっても音の機能と美をギリギリの領域で両立させたい。これらの事によって従業員にとっても来場者にとっても飽きのこないコンテンツとなる事を目指しました。
 

このプロジェクトは構想1年でしたが、作業時間はたった4〜5日しかありませんでした。これは建築の現場上仕方のないことで、状況によってはもっと短い期間しかない場合があります。だからこそ現場での作業は最後の砦。むしろ最終的な答えは現場にしかないと言っても過言ではないでしょう。このプロジェクトも例外ではなく現場にコンピュータを持ち込んでの連日の作曲作業を経て、最終的なコンテンツは約1時間のマルチ再生用のオーディオデータとして専用のレコーダーにインストールされました。ということで、このプロジェクトから実に9年近くも経っているわけですが、商空間の音についてはまだまだ議論やその材料となる事例が足りてないというのが現実です。今後も商空間の音のあり方について様々な分野の方と意見を交わしながら新しい方向や可能性を見い出したいと思っています。何かピンと閃くようなことや、気がついたことなどありましたらぜひご連絡下さい。
 
参考資料: ヤマハ株式会社:音と環境に関わる技術〜音演出


畑中正人
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