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社会と音 (Archive)

by 畑中正人


この社会は音で溢れています。個人的な人生において音楽や音に溢れる生活はとても素敵な事だと思いますし、私自身もそのような人生を歩んできたと思います。しかしながら社会の中でとりわけ公共空間においては「音」についてまだまだ改良すべき点があるように感じています。公共性が高くなればなるほど「聞きたい音」と「聞きたくない音」が出来る限り区別出来る事が重要になってきます。それらに加え駅や空港、大型店舗等では「聞こえなくてはいけない」重要な情報を持った音も多く存在しておりその"聴認性"も大きな問題です。また図書館や美術館など静か過ぎて居心地が良くない状況もあるでしょうし、何か特定の音やノイズがその場の音の空気を壊している事もあります。一歩街を歩けばあちこちで思い思いのBGMが流れ、人を呼び込むための音声や音楽が毎日のように降り注ぎます。それらが効果的でうまくいっている場合はいいですが、過剰な音の使用でかえって不快感を生む要因になっている場合も多々あります。一方で家電製品や自動車などの音が出る工業製品のサウンドデザインに関しても大いに議論が必要です。当然どのような音を付けるのか、という事も重要ですがその一方でどのようなボタンや操作にも音は付けるのに、消音機能は殆どありません。例えば電子レンジや洗濯機など寝ている誰かを起こしたくなくて咄嗟に音を消したいという場合もあるでしょう。このように社会の中での音の問題はそもそもの意義や機能という基本的な議論も含め依然として曖昧なままです。当然ながら専門家の間では長年に渡って様々な研究や議論がされていますが、実際の社会の中で、例えばデベロッパー、建築家やデザイナー、その場所やモノを実際に使う人との間で音に関するテーマの共有や考察がされているかと言われると、まだまだ足りていないと言わざるを得ません。「音楽」や「音」には人を楽しませ感動させるエンタテインメントとしての役割があります。しかしながらその一方で社会の中で目には見えないですが特定の機能や目的を持ち、それを利用する人にきちんと作用する「デザインされた音」がこれまで以上に必要になると思っています。



畑中正人
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